大願寺「灯会(ほたるかい)」


大願寺「灯会(ほたるかい)」

大願寺「灯会(ほたるかい)」
日 時平成16年 6月12日(土)
場 所
福岡県太宰府市
「大願寺」
SAMAYなかはら、ゆみか、重森、市川、成相、白石、ひろくん
曲 目素焼きの瓶、カチュジャピ、砂の城、ヌカ・リャフタ、 コンドルは飛んで行く、レイナ・イ・セニョーラ、エスペランサス、花祭り、 エル・サリリ(アンコール)

多くの参拝客で賑わう大宰府天満宮の参道から脇道に外れて、山の方へ登り始めるとすぐに、 道は清清しい木立の中の山道となります。僅か10分ほどで、道路わきに「大願寺」の文字が現れ、 ひっそりと山の陰に隠れるようにして建っている大願寺の本堂にたどり着くことが出来ました。 参道では、スタッフの人達によって、ビールや清涼飲料、カレーやおでん、焼肉、漬物などの 屋台の準備が着々と進んでいて、テントが張られシートが敷かれ、テーブルが並べられて、祭りの宴の 準備が行われている最中でした。どの顔も生き生きとしていて、とても楽しそうでした。

住職さんと

大願寺の住職さんは、ネパールや南米を中心に殆ど世界中を歩いておられるそうですが、 以前南米に住んでおられる時に、アルゼンチンにお寺を建てられたという 異色の住職さんで、大願寺は平成元年に帰国されてから建てられたという、比較的新しいお寺 なのだそうです。

ノイローゼの青年を南米に連れて行くと、ものの一ヶ月で治るそうです。 パンパスの大平原に毛布一枚与えて一晩放っておくのだそうです。 とてつもなくでっかい夕日が、あたり一面を真っ赤に染めた後は、 空に星が瞬き始めます。やがて漆黒の宇宙から降ってくるような一面の星空を見て 仰向けに寝ていると、自分が空に舞い上がっていくような不思議な気分になるそうです。 そして長く暗い夜、そして輝かしい日の出。地球の躍動、宇宙の営みと一体になった自分を取り戻す 瞬間なのだそうであります。

以前、アルゼンチンで日本の雅楽の公演をしたことがあるそうです。 地元のある老人が涙を流しているので、そのわけを問うたところ、 「遠い昔に聞いたことがある音」だと言ったそうです。 いつ頃なのか?と聞くと「生まれて来るよりもずっと昔」と言ったそうです。 我々がアンデスの音に惹かれるのも「生まれて来るよりもずっと昔」に聞いたことがある音 だからかも知れません。

りょうさんファミリー
ひろくん親子

SAMAYの演奏は午後五時くらいから始まりました。 久しぶりにSAMAYのPAを使っての演奏でした。 今回仕事で来られない山内さんに代わって、 育児休暇中のりょうさんが久しぶりに演奏に加わってくれました。 エスペランサス、花祭り、そしてアンコールのエル・サリリを 下関市からお母さんと一緒に来てくれた山本ひろ君を加えて演奏しました。

演奏が終わって、カレー、焼肉、おでん、そして生ビール。
ほろ酔い気分の住職さんから南米の話を聞く。

演奏後は美味しいものが沢山用意されている参道に出て、 我々もご馳走になりました。 特に親切にしていただいたおじさんは、そのまま南米の片田舎にいるような まったくそのままの雰囲気の人で、なんだかとても懐かしい感じのする人でした。 人の良いおじさんやおばさんというのは、ひょっとしたら国境を越えて、万国共通なのかも 知れません。

そろそろ蛍が出ると言うので、谷の方を眺めていましたが、あいにくこの日は、時々忘れた頃に一匹ずつ現れる といった感じで、15分くらい見ていましたが、2〜3匹しか見ることが出来ませんでした。 今日は蛍も休日なのかも知れません。

参道の方は、皆それぞれテーブルを囲んで、美味しそうなご馳走とともに、思い思いの会話が弾んでおります。 住職もビール片手にほろ酔い気分になって、あちこちのテーブルを渡り歩きながら、大声で笑ったり話したり して楽しんでおられるようでした。 テーブルに置いてある小さな和紙の灯篭にも灯が入って、なんだか田舎の夏祭りの雰囲気そのものになって 来ました。

夜もふけて、なんだかサンファニートが始まりそうな雰囲気です。

この会は、「灯会」と書いて「ほたるかい」と読むそうです。 いつしか近所付き合いも無くなり、人の情も消えうせてしまったこの現代社会に、 人々が親戚や家族やご近所さん、友達、顔見知り同士で集まることの出来る会を目指しているそうです。 「連れ合いを無くしたおじいさんも、子供に先立たれたおばあさんも、みんなここに来て「そうですか」とわかり合える そういう場を作るのがこの大願寺の役目なのです」と住職は語っておられました。 我々が感じている南米の社会の「良いところ」を沢山取り入れて、 これからも人情溢れる楽しい会でありますよう、お祈り申し上げます。